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栃木・茨木の地図をみると星宮神社が点在しているのがよくわかります。星といえば星辰信仰や道教・陰陽道、そして織姫彦星伝説や機織を思い出しますが、それと関係あるのでしょうか?
調べてみると、古事記や日本書紀に記録がありました。甕星香々背男命(みかほしかかせおのみこと)というこの地方を治める強い王がいて、なかなか大和朝廷にまつろわなかった。そこで武葉槌命(たけはつちのみこと)が派遣され、やっとのことで服属させ阪東の地を統(すべ)らせたとのこと。その甕星香々背男命を祀る社が星宮神社なのだそうです。
なんだか血なまぐさい戦いや政争を彷彿させますが、祀られる神が強大で親しみがあるほど、信仰は強くなるもの・・。星宮神社の数の多さをみてもそれはわかります。朝廷側から見れば征服すべき悪い王でも、地元の人からみれば自分たちの生活を守ってくれる強い王だったのでしょう。
しかし一つ謎が残ります。いわゆる国津神(くにつかみ:元々その地域を治める王)を天津神(あまつかみ:朝廷系の王)が服属させていく典型的な神話なのですが、少し事情が違うのです。というのは、国津神は一般的に縄文系の王であることが多いのですが、この甕星香々背男命は、星の名を冠するように星の信仰や織女などの機織り文化をにおわせる人物なのです。星の信仰を含む道教や機織り文化は渡来人がもたらしたもの。自らも渡来人である大和朝廷が、この倭国を統一するずっと前に、この地に大陸文化をもたらした初期の渡来人の存在があったのではないでしょうか・・・・。
神話の中に見える政争の影。命を落とした人の人生そのものは終わってしまいましたが、残された人々の中に、しっかりとその生き様や文化は記憶され記録されたのです。そして、その想いは引き継がれ、現在も星宮神社への信仰は続いています。 あなたは人生を闘ってますか?
ペンネーム:天の恵み人の恵み
Name avantistaff : 2005年10月24日 13:48
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