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コンサルタントのつぶやき

さあ 桜の季節です 2006年03月23日

桜の名所 九段の桜も開花宣言
今日は 同じ皇居周辺ですが 
田安門と竹橋の桜をご紹介します

<田安門付近 染井吉野>

東京073.jpg

<竹橋付近 寒緋桜>

竹橋20060319彼岸桜061.jpg

撮影:岩佐

Name avantistaff : 10:19


京都より梅のたより 2006年03月17日

北野天満宮(学問の神様)も城南宮さんも梅の花は 5−7分咲きでした。

2006北野さんの本殿を東側から290.jpg

この赤い社は、北野さんの創建以前からあった地主社です。
本殿(国宝)の裏にあります。

2006北野さんで一番古いお宮です283.jpg

城南宮さんは、京都では方除の大社として知られており、家を建てる時は、城南宮さんで白砂を貰い、それを新しい家を建てるところに撒きます。又、城南宮流鏑馬や4月と11月の楽水苑で行われる曲水の宴で知られています。

2006城南宮さんの梅です 355.jpg

撮影:岩佐

Name avantistaff : 15:26 | Comments (0)


THE有頂天ホテルのホテルは? 2006年01月18日

公開が始まった話題の映画 「THE有頂天ホテル」

三谷幸喜原作のコメディ映画
前評判とおりのおもしろさのようです

ところで、このホテルの名前をご存知ですか?
「ホテルアヴァンティ」  

どこかで聞いたような名前ですね・・。  

Name avantistaff : 17:00


雪の京都より 2005年12月19日

日本列島が大雪です
 
京都在住の岩佐コンサルタントより
  雪の京都の様子が届きました  

200512雪の 004.jpg
■金閣寺 (町中の積雪は5CM位でした)

200512雪の 039.jpg
■大原三千院 (大原は20CM近い積雪で、訪れる参拝客も少なく静かでよかったです。ツララが出来ていました。寒かったです。)

200512雪の 077.jpg
■大原実光院 (三千院の少し先の律川を過ぎた所にある小さいお寺です。不断桜が雪の中咲いていました。)

200512雪の 097.jpg
■大原勝林院 (実光院の少し先にあるお寺です。浄土の宗義を論じた”大原談義”の寺として知られています。)

092 大原 宝泉院.jpg

089 大原 宝泉院.jpg
■磐垣園(大原の勝林院の先のお寺)
宝泉院は、額縁の庭園とも言われています。竹林の間より大原の里の風情を満喫出来ます。竹林の美しさは京都1−2と言われており、庭の名前は「ばんかんえん」ー立ち去りがたいと言う意といいます。

Name avantistaff : 11:38


「義士会」 2005年12月14日

 今日14日は赤穂浪士討ち入りの日「義士会」である。ここ数年来、会社の帰途泉岳寺に寄ることにしている。
 夜9時までは義士の墓参りが出来る。義士の墓は意外に小さいが、線香の煙がもうもうと立ち込めている。四十七士の墓に参拝者は思い思いに線香を手向けていく。
 香の煙で咳も出るし涙も出る。山門にはおでん、焼き鳥など沢山の屋台が並ぶ。自分は毎年、甘酒を一杯飲むことにしている。寺内を巡り下手な句を詠んで日記につけている。

      香煙の冬木を伝ふ義士の寺

 義士の墓を廻り終わって義士記念館を拝観する。数年前、新しく建て替えられた。義士の武具を主体に展示されている。討ち入り時の激戦の様子が映画やテレビの画面と重なる。大将の息子であるが故に主君に殉じた16歳の主税を思うと悲しい。

      義士の日や主税の籠手のぼろぼろに

 討ち入り当日が土曜日のときは前日の13日に泉岳寺に詣でる。何年か前に詣でたときは、なにもない全く静かな泉岳寺であった。ただ、焼き鳥やのおじさんが本番にそなえて黙然と串に具を刺していた。

      義士の日前夜山門を月照らすのみ

今夜の泉岳寺は例年どおり混雑するだろう。冷え込みは厳しいが晴れていれば満月も見られる。
                                                       熊谷國男

仮名手本忠臣蔵(早稲田演劇博物館HPより).gif
<仮名手本忠臣蔵 十一段目(早稲田演劇博物館HPより).>

Name avantistaff : 11:09


社名の由来(丸紅) 2005年11月14日

社名の由来をご存知ですか。

社名には、創業者の夢や願いがこめられています。姓や地名を表したもの、主力商品をあらわしたものなどが見られますが、最近は企業の合併で両社の社名を合わせたものも見受けられます。

アヴァンティスタッフのバックボーンのうちの一社である丸紅(株)の由来はというと・・・

呉服の担い売りを手がけていた伊藤忠兵衛ガ明治5年に、大阪・本町に忠兵衛の生家の呉服問屋の紅屋」にちなんで命名した、呉服太物商「紅忠」を開店しました。
「紅」という字は、呉服の染めに用いる顔料の紅を表し、美を象徴する色で呉服業界で広く使われていた文字です。
その後、「紅」という字にOで囲んだ暖簾印を使用し、これが後に同社が「丸紅」を名乗る由来となっています。
「紅忠」は、大正3年に「伊藤忠合名会社」となり、その後営業部門を「丸紅商店」と「伊藤忠商事」の二つの会社に分割し、現在の「丸紅」と「伊藤忠商事」に至っております。

ペンネーム:星の輝き
金蔵寺065.jpg
京都金蔵寺にて
(ここは五代将軍綱吉の生母 桂昌院が14歳まで育ったところです。山の中腹にあります。)
写真提供:岩佐

Name avantistaff : 11:51 | Comments (0)


星宮神社の謎 (『闘う』古代の神を想う) 2005年10月24日

栃木・茨木の地図をみると星宮神社が点在しているのがよくわかります。星といえば星辰信仰や道教・陰陽道、そして織姫彦星伝説や機織を思い出しますが、それと関係あるのでしょうか?
 調べてみると、古事記や日本書紀に記録がありました。甕星香々背男命(みかほしかかせおのみこと)というこの地方を治める強い王がいて、なかなか大和朝廷にまつろわなかった。そこで武葉槌命(たけはつちのみこと)が派遣され、やっとのことで服属させ阪東の地を統(すべ)らせたとのこと。その甕星香々背男命を祀る社が星宮神社なのだそうです。
なんだか血なまぐさい戦いや政争を彷彿させますが、祀られる神が強大で親しみがあるほど、信仰は強くなるもの・・。星宮神社の数の多さをみてもそれはわかります。朝廷側から見れば征服すべき悪い王でも、地元の人からみれば自分たちの生活を守ってくれる強い王だったのでしょう。
 しかし一つ謎が残ります。いわゆる国津神(くにつかみ:元々その地域を治める王)を天津神(あまつかみ:朝廷系の王)が服属させていく典型的な神話なのですが、少し事情が違うのです。というのは、国津神は一般的に縄文系の王であることが多いのですが、この甕星香々背男命は、星の名を冠するように星の信仰や織女などの機織り文化をにおわせる人物なのです。星の信仰を含む道教や機織り文化は渡来人がもたらしたもの。自らも渡来人である大和朝廷が、この倭国を統一するずっと前に、この地に大陸文化をもたらした初期の渡来人の存在があったのではないでしょうか・・・・。
 神話の中に見える政争の影。命を落とした人の人生そのものは終わってしまいましたが、残された人々の中に、しっかりとその生き様や文化は記憶され記録されたのです。そして、その想いは引き継がれ、現在も星宮神社への信仰は続いています。 あなたは人生を闘ってますか?

ペンネーム:天の恵み人の恵み

Name avantistaff : 13:48 | Comments (0)


下野国府跡(栃木)にて 2005年09月21日

 下野の国府跡はいまでは広い畑の中です。ここには菅原道真・伴大納言絵巻の伴善男・藤原秀郷も国司として赴任していました。ご存知のように、菅原道真は讒言により大宰府に左遷され、伴善男も謀(はかりごと)により応天門放火の張本人に仕立て上げられ、共に非業の最期でした。藤原秀郷だけは、平将門の乱の平定者として名をあげましたが、身内同士の争いでの辛い勝利。秀郷流の武家として子孫は栄えましたが、一方の将門も関東各地で御霊信仰の雷神として今も関東各地であがめられています。
 人は追い詰められたとき、どうしょうもない状況になった時、どう行動するのでしょうか・・・・信念と覚悟を持って生きていれば、どんな辛い人生も乗り越えられるのでしょうか。京の都から遠いこの板東の地で、彼らはどう生き働いていたのでしょうか。そんなことを考えてしまいました。

 国府の近くには大神神社(おおみわじんじゃ)があり、奈良の本社と同じく大物主尊(おおものぬしのみこと)をお祀りしています。古代の参道もそのまま残り静寂につつまれておりました。日々の感謝と家族や皆のしあわせを祈り手を合わせました。

※ 栃木の名前の由来は十(と)千木(ちぎ)。天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る大神宮には伊勢神宮と同じく立派な千木が確かに十本ありました。

ペンネーム:天の恵み人の恵み
下野国府跡 栃木.jpg

Name avantistaff : 11:19 | Comments (0)


【あのう・・あのう・・】 2005年09月05日

電話口で「あのう・・あのう・・」を繰り返すコンサルタント。
「ですから、この案件の勤務地はあのう・・・・ですから三重県のあのう・・」
どうも、安濃(あのう)という三重県の地名を懸命に求職者に説明している様子。
そして長い電話が切れて一言、
「やれやれ、地名はやっとわかってもらったが、結局案件そのものはあっさりと断られてしまったよ。」
周囲はこらえていた笑いを押さえきれず皆大爆笑。やれやれお疲れ様でした。

ペンネーム:口癖は「えっーと」です

Name avantistaff : 19:14 | Comments (0)


待ち合わせは三越ライオン前 2005年08月05日

「三越のライオンの前で待っているんですけど、まだコンサルタントが来られないんです。」
と求職者からの焦った声。
「どこの三越ですか?」
「どこって、日本橋の三越でしょ・・」
「あの確認なのですが、本店の三越とは言ってなかったですよね?」
「えー、銀座三越にもライオンがいるんですか?」
嘘のような話ですが実はよくある話。やはり三越違いでした。
面接の待ち合わせ場所に『三越のライオン前』は避けたほうが賢明のようです。

なお、この時は時間の余裕をもって待ち合わせしたので、ぎりぎりセーフで面接に間に合いめでたく合格しました。

ペンネーム:ほっとしているライオンパパ


Name avantistaff : 13:26 | Comments (0)


 
 
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